何のために生きているのか
エペソ人への手紙2章10節
実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。
私たちをこのように救い、キリスト・イエスによって造り変えてくださった神は、私たちが救われてから善い行いをするようにと計画しておられたのである。 現代訳
神様(イエス様)は私たちを造られましたが、私たちは何のために生まれ、何のために生きているのでしょうか?
1. 何のために生まれたのか?
先週お話した様に神様は人を創造される前に、人が喜びの中で生きられる様に様々な環境を整えられました。それも交われる様にご自分と同じかたちに造られ、自由意志を与え、全ての生き物の管理を任せられました。これらは何を意味するのでしょうか?
私たちは神様の愛の対象として造られました。
私たちは神様に愛されている尊い存在なのです。他者の目から見ると見下される存在であったとしても、神様の目から見ると、高価で尊い存在なのです。
わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。
2. 何のために生きているのか?
では、私たちは何のために生きているのでしょうか?
多くの人は、ただ生きているかもしれません。楽しむために生きているなら、まだ良いほうです。けれども将来に対する不安・経済的不安・健康面の不安があったら心から楽しむことはできません。不安を解消するために働き蓄えますが、やがて終わりの時がきます。せっかく用意した物も死んだら、空しいです。それなら私たちは何のために生きるのでしょうか?聖書だけがこの答えを教えてくれています。
実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。 エペソ2:10a
私たちが造られたのは良い行いをするためです。
良い行いとは何でしょうか?神を愛し、自分を愛し、隣人を愛することです。
2-1 愛する事が出来る為に(自分の心を清める)
神様を愛する・自分を愛する・隣人を愛する為には、無慈悲、憤り、怒り、怒号、ののしりなど、一切の悪意をすべて捨て去り、イエス様に取り去って頂き、解放されて自由になる必要があります。なぜなら悪魔が憎しみ・怒りなどの感情を利用し、操って(コントロール)いるために愛する事が出来なくしているからです。
無慈悲、憤り、怒り、怒号、ののしりなどを、一切の悪意とともに、すべて捨て去りなさい。 エペソ4:31
すなわち、新しいいのちは、「正しいこと(良い行い)をせよ」と命じているのに、いまだに住みついている古い性質が、罪を犯したがるのです。 ああ、私はなんとみじめで哀れな人間でしょう。 いったいだれが、このひどい低劣な性質の奴隷状態から解放してくれるのでしょうか。 ただ神様に感謝します! 主イエス・キリストによって、私は解放されました。この方が自由の身にしてくださったのです。 ローマ7:24、25 リビングバイブル訳
2-2 神様を愛する
神の命令を守ること、それが、神を愛することです。神の命令は重荷とはなりません。 Ⅰヨハネ5:3
①
神様に対する情熱(神様の第一の命令)
『あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。』 マタイ22:37
②
兄弟姉妹を愛する
神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。神を愛する者は兄弟も愛すべきです。私たちはこの命令を神から受けています。 Ⅰヨハネ4:20-21
③
隣人を愛する(神様の第二の命令)
『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』 マタイ22:39
2-3 自分を愛する
① 比較しない
②
自分が持っている物に満足する
③
自分は神様の目から見たら高価で尊い存在である事の自覚
2-4 隣人を愛する
① 相手の必要を知る
②
相手との良い境界線を持つ
③
相手に要求しない
④
相手を気遣う
⑤
相手の心のケア
⑥
寛容、親切、ねたまない、自慢しない、高慢にならない、礼儀に反することをしない、 自分の利益を求めない、怒らない、恨みを抱かない(Ⅰコリント13:4-8)
⑦
相手との時間を持つ
⑧
相手の言う事に耳を傾ける
⑨
相手のことを知る
わたしはあなたがたに新しい戒めを与えます。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。 ヨハネ13:34
それはそれとして、あなたがたもそれぞれ、自分の妻を自分と同じように愛しなさい。妻もまた、自分の夫を敬いなさい。 エペソ5:33
私たちは神様の愛の対象として生まれ、神様を愛し、自分を愛し、隣人を愛するために造られています。あなたがこの生き方をする事を決断し、イエス様に造り変えていただき歩むなら、そのとき、あなたは自分がすることで繁栄し、そのとき、あなたは栄えます。そして喜びと平安に満ちた生活を送る事になります。しかし、この生き方を拒むなら、悲しみと不安と恐れの中で歩む事になるでしょう。
実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。 エペソ人への手紙2章10節