隣人を愛するとは
マタイの福音書22章39節
『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』という第二の戒めも、それと同じように重要です。
"And the second is like it: 'You
shall love your neighbor as yourself.'
NKJV
先週は神を愛する事(第一の戒め)について学びましたが、今週は隣人を愛する事(第二の戒め)について学びましょう。
その前に先週のおさらいですが神を愛する(第一の戒め)とは
①
神様と一緒の時間を楽しむ Enjoying time with
God
②
神様と話すこと、聴くことを楽しむ Enjoying talking
with and listening to God
③
神様の事を知ることを楽しむ(関心を抱く) Enjoy
learning about God
④
神様を喜ばせることをする Do things that
please God
でした。あなたは神様との交わりを楽しんでおられるでしょうか?Are
you enjoying fellowship with God? “祈ることが嫌いだ”、“聖書を読むこと、思い巡らすことは面倒だ“と重荷になっているとしたら何かが可笑しいのです。好きな人と一緒の時間を過ごしたく無い、会話をしたく無い、関心は無いとしたら可笑しいですよね。嫌いな人となら分かりますが・・・。もしも神様との交わりが嫌いで重荷だとしたら、神様を愛していないことになります。If fellowship with God feels like a burden, it means you do not love
God.
神の命令を守ること、それが、神を愛することです。神の命令は重荷とはなりません。 Ⅰヨハネ5:3
For this is the love of God, that we keep His commandments. And His
commandments are not burdensome. NKJV
神はご自分の一人子を与えて下さったほどに私たちを愛されているのに、神を愛そうと思っても愛する事ができない、重荷に感じるのには原因があります。その原因は私たちが持っている罪の心(石)が原因です。この罪の心を取り去って頂き、清められなければなりません。一度取り除いてもらっていても、まだ完全ではなく、残っています。この事については今回学ぶ隣人を愛する事にも共通の課題なので、この中で学んでまいりましょう。
1. 隣人を愛するとは What it means to love your
neighbor
① 相手との関係を楽しむ Enjoy the relationship with the
other person.
相手と時間を一緒に過ごし楽む事です。一緒に食事をする、旅行する、ドライブする、ピクニックする、遊ぶ等一緒の時間を楽しみ関係を深める事です。
ですが、自分の思い通りに行い、相手の思いを無視していたら一緒の時間は楽しくありませんね。これには自分中心(自分のやり方を押し通す)と言う罪の性質があります。
② 相手と話したり、聞くことを楽しむ Enjoy talking with and
listening to the other person.
相手を尊重し、言う事に耳を傾け聞いてあげ、自分の事も聞いてもらう事です。
ですが、相手の言う事に耳を傾けず、一方的に話していたら楽しくありませんね。自己中心と言う罪の性質です。自慢話しをしたり、相手を見下してみたり(高慢)、怒っていたり、腹を立てている状態での会話は楽しくありませんね。これは罪の性質です。
③ 相手に興味を持ち、その人を知る Take an interest in the
other person and get to know them.
お互いに相手がどんな性格で、どんな事に関心があり、何が好きで何が嫌いなのか、興味を持ち相手を知る事です。
ですが、思い上がっていたら、相手は比較の対象として見てしまい、「何故そんな事できないのか」「何故そんなことで悩むのか」と相手をそのまま知るのでなく、欠点ばかりを知ってしまいます。これは罪の性質です。
④ 相手の必要を与える Give the other party's needs.
相手の必要を知り、与える事です。イエス様は私たちの救いの為に命を与えて下さいました。
マザーテレサはインドの貧しい人々に食べ物を与え、看病し、教育しました。善きサマリア人は強盗に襲われた人を看病し、自分のらくだに乗せて宿屋に連れて行き、宿屋代を支払いました。
ですが、貪欲・自分の利益しか求めない・嫉んでいる状態だったら相手が何を必要としているのか、無関心ですし、自分の必要を求めるだけですね。これは罪の性質です。
⑤ 互いに赦し合う Forgiving each other
たとえ相手が自分に対して悪いことをされても気にせず赦し、自分も赦してもらい、互いに赦
し合う事です。イエス様は人のした悪をすべて赦して下さいました。
ですが、相手のした悪を裁き、憎しみを抱き、心が狭く(不寛容)、悪い事をされた事を気にしていたら、赦す事はできませんね。これは罪の性質です。
2.神様を愛し、隣人を愛する為には
神様を愛し、隣人を愛するには、私たちが生まれながらに持っている罪の性質(石の心)を取り除いて頂き罪の奴隷状態から解放され、心を清めて頂く必要があります。自分で取り除く事は出来ず、イエス様に心の中に持っている罪の性質(石の心)を認め、イエス様にささげ、手放して、取り除いて頂く必要があります。罪の性質は一度取り除いて頂いても残っているので何度も取り除いて頂く必要があります。罪の性質が取り除かれない状態では愛する事は出来ません。
多くのクリスチャンは愛する事に関して、私は神様を愛しています、隣人を愛していますと言っていても、“愛とは何か”と問われると明確に答えられなかったのが現実だと思います。先週と今週の学びを通して愛する事とは何かお分かり頂いたでしょうか?今後のクリスチャン生活において神を愛する、人を愛する様になる為には時間がかかりますが必ず克服できます(罪の性質を取り除いて頂きながら少しずつ)。そのとき、あなたは自分がすることで繁栄し、そのとき、あなたは栄えます。
このみおしえの書をあなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさめ。そのうちに記されていること(神を愛する、隣人を愛する)すべてを守り行うためである。そのとき、あなたは自分がすることで繁栄し、そのとき、あなたは栄えるからである。 ヨシュア記1:8
"This Book of the Law
shall not depart from your mouth, but you shall meditate in it day and night,
that you may observe to do according to all that is written in it. For then
you will make your way prosperous, and then you will have good success. NKJV