心の重荷をイエス様に渡しましょう
マタイの福音書11章28節
すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
私たちは人生で様々な重荷を負って歩んでいます。人間関係より生じる心の傷・悲しみ・苦しみ・痛み、将来への恐れ、経済的な恐れ、病気への恐れ、犯してしまった罪への罪責感、生きている事の意味など様々な重荷があります。これらを抱えたままの状態で生きていますが、この重荷を取り去り、解放し自由して下さる方がおられます。それがイエス様です。解放され自由になった人の何人か見てまいりましょう。
<取税人ザアカイの場合>
19:1 -2イエスはエリコの町を通り過ぎるところでした。 この町には、ローマの税金取り立ての仕事をしているザアカイという男がいました。取税人の中でもとりわけ権力をふるっていた、たいへんな金持ちでした。19:3 さて、このザアカイも、ひと目イエスを見ようと思いましたが、なにぶん背が低いので、いくら背伸びをしても、人垣のうしろからは何も見えません。19:4 そこで、ずっと先のほうに走って行き、道ばたにあったいちじく桑の木によじ登り、見下ろしていました。19:5 やがて、そこへ差しかかったイエスは、ザアカイを見上げると、彼の名を呼んで、「ザアカイさん。 早く降りてきなさい。
今晩はあなたの家に泊めてもらうつもりでいますから」と言われました。19:6 ザアカイは急いで降りると、大喜びでイエスを家に迎えました。19:7 しかし、これを見ていた人々の心中は、おだやかではありません。「なにも、あの札つきの悪党の家の客にならなくても……」と、ぶつぶつ文句を言いました。19:8 一方、ザアカイは主の前で、こう告白したのです。 「先生。 今からは、財産の半分を貧しい人たちに分けてあげます。 税金を取り過ぎた人たちには、四倍にして払い戻します。」19:9 -10イエスは言われました。 「その告白こそ、今日この家に救いが来たことの動かぬ証拠です。 この人も迷い出たアブラハムの子供の一人なのだから。
メシヤ(救い主)のわたしは、実にこの人のような者を捜し出して救うために来たのです。」
ルカの福音書19章1節~10節 リビングバイブル訳
ザアカイは取税人でした。ローマの税金取り立ての仕事をしていました。ザアカイは権力をふるい余分に税金の取り立てをしていました。ですから、皆から嫌われていたでしょうし、悪い事を行っている自分を責めていたことでしょう。金持ちであったとしても、幸せだったでしょうか?心に傷・悲しみ・苦しみ・痛みを負っていた事でしょう。そんなザアカイの家泊まってくれると言うイエス様の言葉に触れ、彼の心の傷は癒され解放されました。
<使徒パウロの場合>
7:15 私は自分が全くわかりません。 ほんとうは正しいことをしたいのに、できないのです。 反対に、したくないこと、憎んでいることをしてしまいます。7:16 自分の行ないが誤りであること、破っているおきてそのものは良いものであること、それは、よくわかっています。7:17 しかし、どうにもできません。 それをしているのは、もはや私ではないからです。 悪を行なわせるのは、私のうちに住みついている、私より強力な罪なのです。7:18 古い罪の性質に関する限り、私は自分が全く腐敗しきっていることを知っています。 どんなにもがいても、自分で自分に、正しいことを行なわせることができません。
そうしたいのですが、できないのです。7:19 良いことをしたいと思ってもできず、悪いことをしないようにと努めても、どうしてもやめられません。7:20 自分ではしたくないことをしているとすれば、問題点は明らかです。 すなわち、罪がなおも私をしっかり捕らえているのです。7:21 正しいことをしたいと思っているのに、どうしても悪いことをしてしまう、これが人生の現実であるように思えます。7:22 新しい性質をいただいた私としては、神様の意志どおり行ないたいのです。7:23
-25ところが、心の奥深くに潜む低劣な性質には、何か別のものがあって、それが私の心に戦いをいどみます。 そして、ついに私を打ち負かし、いまだに私のうちに住みついている罪の奴隷にしてしまうのです。私は、心では、喜んで神様に従う召使でありたいと願いながら、実際には、相変わらず罪の奴隷となっている自分に気づくのです。これで、私の実情がおわかりいただけたでしょう。
すなわち、新しいいのちは、「正しいことをせよ」と命じているのに、いまだに住みついている古い性質が、罪を犯したがるのです。 ああ、私はなんとみじめで哀れな人間でしょう。
いったいだれが、このひどい低劣な性質の奴隷状態から解放してくれるのでしょうか。 ただ神様に感謝します! 主イエス・キリストによって、私は解放されました。この方が自由の身にしてくださったのです。 ローマ人への手紙7章15節~25節 リビングバイブル訳
使徒パウロが、したくない古い罪の性質と正しい事をしようとする新しい性質の中で葛藤していましたが、主イエス・キリストによって解放され、自由にされました。
<生きている事の価値>
わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。 イザヤ書43章4節
私たちは神様に愛されている尊い存在なのです。世の中から見下される存在であっても、神様の目から見ると、高価で尊い存在なのです。そして、あなたに与えられた才能・能力を他者の為に使う時、生きがいを感じて生活出来るのです。
いつまでも心の重荷を背負ったまま、生活を送る必要はありませんが、あなたは心の重荷を背負ったまま生活したいですか?解放され自由になりたいですか?解放され自由になりたいのなら、解放される事を願い、イエス様に重荷のすべてを手放しましょう。イエス様が取り去って下さいます。
4:6 何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願い(熱心に頼み込む)によって、あなたがたの願い事(リクエスト)を神に知っていただきなさい。4:7そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。 ピリピ4章6節、7節
